2003/05/04(Sun) 13:03:36
なんたる暇なことか
ゴールデンウィークも終盤で町は閑散だ。
普段から閑散名上に穏やかな日であるから一層閑散だ。
いい感じだ。昼寝でもしよう。
2003/05/06(Tue) 23:49:15
シゲズミが笑った
hero'(行きつけのcafe')からめでたい報告があった。
そのcafe'に今日は2度足を運び相談した。
バンドメンバーが結婚するのでその披露パーティの打ち合わせにだ。
というのも今回、司会を受けて立つのが
学生時代の先輩であるS氏であるが
朝から電話でたいそう怒られたからだ。
別に手を抜いていたわけではないが
友人である皆の熱意が伝わらないとか
男性本意のスケジュールだとか色々について。
どうも痛いとこをつかれた感もあり
早速電話でメンバーに連絡、ランチの約束をとって話した。
時期も時期で話しは進みS氏を今夜招く事になった。
7時に再度cafe'で会い話しはとんとん拍子に進んだ。
cafe'の電気も落ち定食屋に移動した頃には
話しはつまらない談笑に変わり
今日急ぎ足で過ぎた時間が素敵に思えた。
そしてふっと気がついた時に横でシゲズミが笑っていた。
あ〜よかった。まさにこんな感じだった。
S氏は時々言う。
「どうせ先輩と言うのは単なる呼び名に過ぎないから」・・・
いやいやそんなことはない。
朝の電話で震えた僕はたった皆にお声がけをしただけだが
こうして話しが煮詰まりつつあるじゃおへんか?
感激で素敵な宴を演出してあげて下さい。
昨日のHERO'SのようにHOTになれるように。
そして数年後SとKが各々2度目と3度目の幸せを迎える時には
やはり琵琶湖の上で自分は骨身を惜しまず
あなたの役回りを受けて立とう。
2003/05/10(Sat) 01:10:56
mother
もうすぐ母の日がくる。お花屋には特別な日で忙しい。
今週末の日曜はばたばたになる。
忙しいのはやまやまだが何せ憂鬱だ。
忙しいのが苦手な僕だから。
しかし母親には感謝する。
有名な人だから知っていてくれてる方も多いと思うが
母親なくして今の僕はない。
全ての母親が僕の母親のような人であれば大変な事だが
そうあれば皆幸せなのにね。
僕は北野武よりもジョンレノンよりも
重症なマザーコンプレックスだ。
僕はこれでいいのだ。
母の日は忙しくて結局支払いを済ませて皆で騒げば
何も残らないから嫌な日だが
全くの祭りとしてとらえている。
少なくとも皆と一緒に改まって感謝できるから
やはり母の日は素敵な日なのだろう。
2003/05/12(Mon) 19:44:01
特別講習
休日返上でココロにいる。明日実力テストがあるからだ。
学生が提案しすることになった。
なかなかいい心がけだが母の日の翌日なだけにつらい。
今休憩に入り皆にジュースを買ってやった。
大損であるがまあよろしい。
これで大変な点数をあげでもしたら引きずり回しは必至だ。
それを知らない学生たちは楽しく談笑している。
2003/05/19(Mon) 22:48:54
琵琶湖大橋の裏側
しばらく間が空いた。
忙しいここ一週間だった。
母の日が終わってほっとする間もなく
バンドメンバーの結婚式の準備に追われた。
当日天気は天気予報を裏切り全くの快晴だった。
この日使う花の準備で前日は深夜までお花屋にいた。
また別口の友人のブーケも入っており沢山花を触った。
少し寝てすぐに朝が来た。
キャラバンにバンド機材を乗せその上にブーケやら卓上花を乗せ
スタッフ6名を乗せ7時過ぎに出発した。
浜大津に着き船のすぐわきまで車を着け搬入、
なかなか大変な作業だった。
新郎新婦もすでに疲れきっていたが無情にも船は出発した。
粛々と宴はすすみ食事もうまかった。
レストラン自体はいたって普通の高価な感じの店なので
窓がなければ普通だが窓の景色が大量の水が動くので
なかなか感動的だった。
向かいに座ったのはバンドのサックスの友人夫婦だ。
滋賀に移り住んで7年だそうだが、
その旦那が「琵琶湖大橋の裏側見るの初めてだ」とつぶやいた。
ちょうど船は橋の下を通過中だった。
そういえばそうだ、
生まれて37年の僕も初めて見る景色だ。
以外に奇麗だった。
その後もすべてがうまく進み船は戻った。
2003/05/20(Tue) 20:21:28
水口の青年たち
今土山ココロでタイプしている。
ウィンドウズマシン
(ブレイン山中ー僕はこう呼んでいる)でタイプしている。
何を隠そう以前1年半という気も遠くなる時間を
某電機メーカーに居てコンピューターを扱っていたのだが
そのときはまだウィンドウズと言うものはなく、
よってウィンドウズマシンで文章をタイプするのは
これが生まれて初めてとなる。記念すべき夜だ。
しかし同じコンピューターでもなんでまたこないにも違うものかね?
大変な作業だ。
よくもまあ大半の皆さんはくたびれもせず扱ってらっしゃる。
さておき、土山ココロに来る前に
水口ココロの取締りと話す必要もあり寄った。
そうっとドアを開けると懐かしい後姿が学習していた。
新しいメンバーも増えていたりパソコンやってたりして
学習室らしい良い雰囲気があった。
その懐かしい2人組みに近寄り声をかけたら
えらいびっくりしていた。
もうずいぶん経つからね。
そしてすぐにまじうれしそうな表情をしてくれたのがうれしかった。
学生ではなく同士的な感覚だった。
水口ココロは水口ココロで成長を続けている。
記念すべきウィンドウズ体験をそろそろ終了する。
外は雨だ。
2003/05/22(Thu) 01:18:51
基本的な所
なかなか難しくつい忘れてしまいがちな部分で
小生の日々のテーマでもある。
特に電話でのほんのちょっとした言い回しの不十分さから
ココロを害したり害されたりする。
言いたい事は分かりやすく告げるべきで
それは例えおばさんでも許されない。
また細かな気配りが出来ないのも困る。
細かすぎるのもどうかとは思うが基本的な部分は大事にしたい。
テレビの中でゲームでいくら強くてもしょうがない、
机上の理論で自信を持っててもしょうがない。
気が付いてほしい。
ほんのちょっとした所を。
明日話そう。
2003/05/23(Fri) 01:14:03
おやすみまたあした
今日もよくやりました、みんなおやすみ。
2003/05/24(Sat) 21:52:48
銀が60
小学校役員主催のふれあい何たらに参加した。
グランドゴルフなるもので
親子でチームを組みホールを回る。
僕らは初体験で最初戸惑ったがこつをつかんだら早かった。
銀は痩せていてよわっちーがなかなか運動能力は高い。
それは僕も同じで終わってみたら優勝していた。
名を呼ばれた時は振り向きあって苦笑した。
こういう瞬間に友情は生まれる。
決して親子には見えないクールな関係が確立しつつある。
それでこそいいのだ。望む形だ。
キヨシローと同じく銀が60になった時
例えば雪山で遭難した時に
僕はスコップを持って助けに行きたいのだ。
もちろん無事救出するつもりだ。
だからそれもあり毎朝トレーニングをしている。
2003/05/26(Mon) 10:28:42
おはよう
今起きた。名古屋からタイプしている。
バンドのギターの経営する学習塾で目覚めた。
彼は実家に戻り寝ていて依然電話がつながらない。
そのまま帰るわけにもいかず、あずあずしている。
夕べ店を閉まってから大急ぎで名古屋に来た。
練習するために、
今月末の土曜日に水口文化芸術会館に出演するからだ。
それはランチタイムコンサートといってお昼に気軽に音楽を
のコンセプトで始まった企画でバンドのドラムが考え出したものだ。
2度目の出演になる。
こんかいもギターと二人で参加するので
音あわせのためにここにいる。
しかしどうしたらいいのだろう?帰れない。
2003/05/31(Sat) 22:10:28
すばらしき日
台風が来るとも来ないともいい加減な動きをする中
朝一電話が入った。
土山ココロの大家からだ。
「看板が飛んだよ」
すぐにスタッフを向かわせ忙しい花屋をこなした。
ある病院へ配達行ってバックをよく見ないでぶつけた。
夕刻板金屋が来て「ゆうに10は越える」と言われた。
ぶっ飛んだ看板が下のお店の電気をなぎ倒し
弁償もしないといけない。
外れた看板を撤去してくれた看板屋にも支払いが発生する。
そんな慌ただしい中
お昼に水口文化芸術会館でコンサートに出演した。
よく見るココロある人たちがいっぱい来てくれた。
PAも非常に良くやりやすく、
ギターのアキの音が突き刺さった。
お金はまた稼げばいい。
今日のライブで全てのもやもやをお客さんに聞いてもらった。
僕は幸せなパーソンだ。E-N